休学をする前のお話
いま思えば夢をみていたんだろう。
一年間の浪人時代を経て、大学に入学したわたしは大学と名のつく全てが嫌いだった。
高校生みたいな歳下の同級生が幼く見えて仕方がなかったし、好きだったはずの小説の授業は教授の自己満足を押し付けられているようでうんざりしていた。
浪人生の頃、殺風景な部屋でやることといえば、ひたすら問題を解いて丸付けをして、自分の点数をはじき出して、その繰り返しだった。テストの点数は自分の価値だった。模試の順位は、大学の合否判定は自分の人生への評価だった。
苦行としか思えなかったそれらは全ていつか来るはずの薔薇色の大学生活のためにあるらしかった。
始まった大学生活はまるで自分の理想とはかけ離れていた。なりたかった自分と現実の自分。折り合いをつけて上手くやれるほど、きっと大人じゃなかった。
楽しくない大学から逃げ場を探すように学生団体にのめり込んだ。空気みたいに存在を消して過ごす大学生のわたしと、明るく元気でよく笑う外のわたしはまるで全然違う人間みたいだった。
学生団体のイベント準備が佳境を迎えたころ、二重人格みたいなわたしの心はバランスがまるで取れていなくて狂っていた。
相反するふたりの自分は逆方向に走り出してどんどん離れていった。うつが常に目の前にぶら下がっているみたいに崖の端っこで今にも落ちそうなところで、立っていた。
みんなそうだったかもしれない、きっと。
あの頃みんな、自分の中の心が狂いだして、だれにも見えないなにかと戦っていた。
ある日診察室でわたしの成績の悪い血液検査の結果を眺めながら、顔馴染みの医師が言った。
「楽しいことはある?辛いことはある?」
「大学が苦しい」
わたしがそう言うよりはやく、診察室まで強引についてきた母親がまくし立てた。
「この子、大学を辞めたいって言うんです。サークルなんかは楽しそうにしてるのに。家でも食欲はあるし、寝てるし、平気そうなのに。一時のわがままで大学なんか辞められても困るんです」
医師は母親をじっとみて、それからわたしに言った。
「いいかい、辛いことからはちゃんと逃げるんだよ。大学も人間関係も苦しんでやるものじゃない。身体の調子と心の調子はしっかり繋がっていて、どっちの不調も君のSOSなんだからね」
母親は黙り込み眉間にしわを寄せてなにかをじっと考えていた。
その夜、寝付けないままのわたしも、暗闇の中でそっと考えていた。
(続)